人は経験から学びます。経験を積めば積むほど、多くのことを学ぶことができます。ディープ ラーニングとして知られる人工知能(AI)分野で用いられる、AI用のハードウェアとソフトウェアを備えたマシンにも、同じことが言えます。マシンの学習のベースになる「経験」は、マシンが取得するデータによって定義され、データの量と質が学習の程度を左右します。
ディープ ラーニングは、機械学習の1つです。データの取得量に関わらず、学習能力に限界があることの多かった従来の機械学習アルゴリズムとは違い、ディープ ラーニング システムは、より多くのデータにアクセスすることで、つまり、マシンが「経験を積む」ことで、パフォーマンスを向上できます。ディープ ラーニングを通して十分に経験を積んだマシンは、車の運転、畑での雑草の検出、病気の診断、機械の検査と障害の識別など、特定のタスクに従事させることができます。
ディープ ラーニングのネットワークは、経験するデータの複雑な構造を発見することで学習します。このネットワークでは、複数の処理層で構成された計算モデルを構築することで、複数の抽象化レベルを作成してデータを表現できます。
たとえば、畳み込みニューラル ネットワークとして知られるディープ ラーニング モデルでは、猫を含む画像など、大量の画像(数百万枚レベル)を使用してトレーニングすることが可能です。通常、この種類のニューラル ネットワークは、取得した画像に含まれているピクセルから学習します。猫の特徴を表すピクセルのグループを、爪、耳、目など、画像内に猫がいることを示す特徴のグループを使って分類できます。
ディープ ラーニングと従来型の機械学習は根本的に異なります。上記の例の場合、従来型の機械学習では、猫を表す特徴を検出するシステムを構築しようとすると専門家でも長い時間がかかります。ディープ ラーニングなら、大量の猫の画像をシステムに提供するだけで、猫を表す特徴をシステムが自動的に学習します。
コンピュータ ビジョン、音声認識(自然言語処理)、機械翻訳、ロボット工学などの多くのタスクにおいて、ディープ ラーニング システムの性能は従来型の機械学習システムの性能を大きく上回っています。ただしこれは、ディープ ラーニング システムの構築が従来型の機械学習システムと比べて簡単であるということではありません。ディープ ラーニングでは、特徴認識は自動で行われますが、数千にも上るハイパーパラメータ(ノブ)については、ディープ ラーニング モデルを有効なものにするために調整する必要があります。
現代は、かつてない可能性に満ちあふれています。ディープ ラーニング テクノロジは新たなブレークスルーを起こす糸口になります。すでに、太陽系外惑星や新薬の発見、病気や亜原子粒子の検出などに、ディープ ラーニングが役立てられています。ゲノム科学、プロテオミクス、メタボロミクス、免疫など、生物学の理解を深いレベルで強化したりもしています。
また、今は困難な課題に直面することが多い時代でもあります。気候変動が食糧生産を脅かし、いつか限りある資源をめぐって戦争が起こるかもしれません。環境の変化は、留まるところを知らない人口増加によって悪化すると予想されます。2050年までに、人口は90億人に達すると言われています。このような課題の範囲と規模はきわめて大きく、ディープ ラーニングによって実現される新しいレベルのインテリジェンスが必要です。
「視覚」は、動物の生存戦略上の武器として5億4,000万年前のカンブリア爆発の時代に誕生し、ほどなくして、進化を引き起こす主な要素となりました。視覚情報を処理するための生体神経回路網(ニューラル ネットワーク)の進化に伴って、動物は視覚を通じて周辺環境の地理情報を得るようになり、外部世界の認識を深めていきました。
現在、人工的な目としてのカメラと、それらの目から取得した視覚情報を処理できるニューラル ネットワークを組み合わせた、データ主体のAIアプリケーションが爆発的に増えています。地球上の生命の進化において視覚が重大な役割を果たしたのと同じように、ディープ ラーニングとニューラル ネットワークがロボットの機能を強化しようとしています。それらは徐々に、自身を取り巻く環境を理解し、自動的に判断を下し、人と連携し、人の能力を強化するようになるでしょう。
ロボット工学
最近のロボット工学の発展の多くは、AIとディープ ラーニングの進歩によってもたらされたものです。たとえば、AIによってロボットが環境を認識し、反応できるようになっています。倉庫のフロア内を正しい道筋で移動したり、形が不揃いの荷物、壊れやすい荷物、乱雑な荷物を並べ替えて扱うなど、実行できる機能の幅が広がっています。イチゴを1つつまみ上げるといった単純な作業は、人にとっては簡単ですが、ロボットにとっては信じられないほど困難なことでした。AIが進化するにつれて、ロボットの機能もさらに進化していくでしょう。
AIが発展すると、ロボットを人のアシスタントとして使う未来がますます期待できます。現在の一部のAIのように、質問を理解してそれに返答するだけでなく、音声によるコマンドやジェスチャーに反応したり、人の次の動きを予測したりすることさえできるようになるでしょう。現在でも、共同作業が可能なロボットがすでに人のそばで働いており、人とロボットはそれぞれの強みに合わせて異なる作業を行っています。
農業
AIは農業を変革する可能性を秘めています。すでにディープ ラーニングによって、作物と雑草を見分ける機器が実現し、農家に導入されています。この機能を利用すると、草刈り機で雑草だけを選んで除草剤を散布し、他の植物はそのままにしておくことができます。ディープ ラーニングでコンピュータ ビジョンを処理する農業機械では、除草剤、肥料、殺虫剤、バイオ肥料を選択的に散布して、畑の中の作物を個々に最適な状態に維持するといったことまで可能です。ディープ ラーニングは、除草剤の使用量を減らしたり、収穫量を増やしたりするだけでなく、肥料の使用、灌漑、収穫などの他の農作業でも活用されるようになる可能性を秘めています。
医療画像処理とヘルスケア
ディープ ラーニングは、医療画像処理において特に有効に活用されています。高品質なデータを利用でき、畳み込みニューラル ネットワークで画像を分類できるためです。たとえば、ディープ ラーニングを使用して、皮膚ガンの分類を、皮膚科医を越えるほどとは言わずとも、同等の精度で分類できます。すでに一部のベンダーでは、腫瘍学や網膜疾患に関する画像分析などの診断目的でディープ ラーニング アルゴリズムに対するFDA認証を取得しています。このほかにも、ディープ ラーニングは、電子カルテ データから医療事象を予測することで、ヘルスケア品質の改善にも大きく貢献しています。
ディープ ラーニングの未来
すでに、特定の種類の入力とタスクに最適化されたさまざまなニューラル ネットワーク アーキテクチャが存在します。畳み込みニューラル ネットワークは、画像の分類に非常に適しています。再帰型ニューラル ネットワークを使用してシーケンシャル データを処理するタイプのディープ ラーニング アーキテクチャもあります。畳み込みと再帰型のニューラル ネットワーク モデルはどちらも、「教師あり学習」と呼ばれる学習を行います。この学習には、大量のデータを提供する必要があります。将来、さらに洗練されたAIでは、教師なし学習が使用されるようになるでしょう。現在は、「教師なし」および「半教師あり」の学習テクノロジについて、非常に活発な研究が行われています。
強化学習は、ディープ ラーニングとは枠組みが少し異なります。強化学習では、エージェントがシミュレーション環境で報酬と罰だけを頼りに試行錯誤しながら学習します。この領域に拡張されたディープ ラーニングの手法は、深層強化学習(DRL)と呼ばれています。この分野では大きな進歩が見られており、古来から続くゲームである囲碁でDRLプログラムが人に勝利したりしています。
問題を解決するようニューラル ネットワーク アーキテクチャを設計することはきわめて難しいうえに、最適化のために調整の必要なハイパーパラメータや選択の必要な損失関数が多いことで、さらに複雑さが増しています。優れたニューラル ネットワーク アーキテクチャを自動的に学習するため、これまでに数多くの研究が行われてきました。学習のための学習はメタ学習またはAutoMLと呼ばれ、その進歩は着実に進んでいます。
現在の人工ニューラル ネットワークは、人間の脳の情報処理方法に関する1950年代の知見に基づいて作られています。その時代から神経科学は大きな進歩を遂げており、ディープ ラーニング アーキテクチャも非常に洗練されて、生体の脳神経が場所を把握するために使用しているグリッド細胞などに似た構造を示すようになってきました。神経科学とディープ ラーニングは、双方のアイデアを活かし合うことができます。この2つの研究分野は、ある時点で統合され始める可能性が高いでしょう。
私たちはもう機械式コンピュータを使っていません。いつか、デジタル コンピュータも使わなくなるでしょう。代わりに使用するのは、新世代の量子コンピュータです。近年、量子コンピューティング分野ではいくつかのブレークスルーがありました。学習アルゴリズムは、量子コンピュータが提供する膨大なコンピューティング能力の恩恵を間違いなく受けることができるでしょう。また、確率的量子コンピュータの出力を理解するために学習アルゴリズムを使用することもできるかもしれません。量子機械学習は、機械学習の中でも非常に活気のある分野です。2018年には量子機械学習に関する第1回国際会議の開催が予定されており、この研究分野は良いスタートを切ることになるでしょう。
AIインフラの障害を取り除くことで、より効率的なデータ収集、AIワークロードの高速化、スムーズなクラウド統合を実現できます。